断捨離①

未分類

不要なものを捨てる、極当たり前のことだが、誰しも(いや、言い過ぎかも)、赤の他人には分からない思い入れがあって、大事にとっているものがあると思う。部屋がたくさんのもので溢れてくると、断捨離は否応にも迫られてくる。例えば、思い入れがあって大事に保管しておいた雑誌であれば劣化してきて処分せざるを得なくなる場合もあるだろう。他には、衣類もまだまだ使えそうであるが、新たな服を買ったことで収納場所がなく、売れる見込みもなければ、ゴミ行きである。

このようなモノの断捨離はありふれたことだし、珍しいことではない。

一方で、気持ちの断捨離というものは、どうだろうか。ずっと、勉強してきたり、努力して稽古や練習をしても芽が出ない、努力を続けても全く運が回ってこない。だから、これが潮時と考えるタイミングがあって、それを実行する。いわば、諦めるということである。何でもかんでも努力せずに、すぐに諦めるというのは、そもそものお話の前提外とさせていただくが、こんな時、気持ちの切り替えはそうたやすいものではないし、大抵はショックを受けているはずだ。

自分自身が中年世代となり、このようなことは、幾度か味わってきた。一方で、悔しい、どうにもできないというそれの経験から得た気持ちが、人生の糧にもなっている。時間がたてば、酸いも甘いも、こういうことなんだと、自分の腹に落ち着ける日がやがて来る。そして、自分の得意な分野で他の活路を見出して、前を向いて、新たに頑張るしかないと悟る。

この続きは、明日、語ることにしよう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました